
作品について
うまくいかなかった日も、
私の人生だった。

統合失調感情障害と向き合って
伊東 義暢 著
機械が好きで、仕組みを知ることに夢中だった少年は、やがて通信設備の技術者になりました。三十五歳で統合失調感情障害と診断され、入退院を経験。働き方や日常が変わるなかで、家族や多くの人に支えられてきました。
本書に綴られているのは、幼少期から仕事、病気、母の介助、そしてAIとの出会いまでの歩みです。成功だけでなく、失敗も、迷いも、立ち止まった時間も。そのすべてを、自分の言葉で残しています。
「自分だけではない」と感じてもらえる
きっかけになれば。
病気や介助、人生の困難と向き合っている人へ。そして、自分自身の歩みを見つめ直したい人へ。小さな希望を届けたいという願いを込めた一冊です。
「はじめに」「序章」をもとに紹介文を構成
この本に流れるもの
暮らしの中に、支えがある。
病気とともに生きる
変わってしまった日常と向き合い、その日の自分を少しずつ受け入れていく歩み。
家族と支え合う
支えられる側から、母を支える側へ。介助の日々に見つけた、寄り添うことの意味。
学び、書き残す
時計から通信設備、パソコン、AIへ。消えなかった好奇心と、経験を未来へ残す思い。
本文を読む
まずは、いくつかのページから。
四つの章から、本文の一部をご紹介します。
見出しを開くと、お読みいただけます。
第2章好奇心が、私を支えていた。壊れた時計が教えてくれたこと
「壊れた時計が教えてくれたこと」より抜粋
子どもの頃の私は、不思議なものに心を奪われていた。それは、新しいおもちゃでも、高価な物でもない。壊れた時計だった。家の中で使われなくなった時計を見つけると、私はそれを机の上に置き、小さなドライバーを手に取った。「直そう」と思っていたわけではない。知りたかったのである。どうして針は動くのか。どうして止まってしまったのか。中には何が入っているのか。
ねじを一本外すたびに、新しい世界が現れた。小さな歯車。細いばね。見たこともない形をした金属の部品。子どもの私には、それらすべてが宝物のように見えた。分解している時間は、不思議なくらい静かだった。周りの音が聞こえなくなるほど集中し、時間が過ぎるのも忘れてしまう。気が付くと夕方になり、家族から声を掛けられて初めて顔を上げることもあった。
もちろん、一度分解した時計を元どおりに組み立てられることはほとんどなかった。それでも後悔はしなかった。「失敗した」という気持ちよりも、「仕組みが分かった」という満足感のほうが大きかったからである。今振り返ると、この頃から私の興味は「結果」よりも「過程」に向いていたのだと思う。答えを知ることよりも、答えにたどり着く道筋を知りたかった。
第15章支えられ、支える日々。母の介助が教えてくれたこと
「母の介助が教えてくれたこと」より抜粋
人生には、不思議な巡り合わせがある。かつて病気になった私は、多くの人に支えられて生きてきた。家族。医師。看護師。友人。その支えがあったからこそ、私は少しずつ前へ進むことができた。そして年月が流れ、今度は私が家族を支える立場になった。母の介助が始まったのである。介助という言葉は知っていた。しかし、実際に経験して初めて分かったことがたくさんあった。
介助とは、特別な出来事ではない。朝起きることから始まり、一日が終わるまで続く生活そのものだった。食事を準備する、体調を気に掛ける、買い物へ行く、掃除をする、洗濯をする、病院へ付き添う。一つひとつは小さなことだった。しかし、それが毎日積み重なっていく。介助は、「一度頑張れば終わる仕事」ではない。毎日、同じように続いていく営みだった。
最初の頃は、「もっと完璧にやらなければ」と思っていた。失敗してはいけない。迷惑を掛けてはいけない。そう考えれば考えるほど、自分自身を追い込んでしまった。しかし母は、私が思うほど完璧さを求めてはいなかった。温かい食事があること。安心して一日を過ごせること。誰かがそばにいること。そのこと自体が、大きな安心につながっていた。私はそこで気付いた。
第16章学ぶことは、今も続いている。AIとの出会い
「AIとの出会い」より抜粋
私は昔から、新しい技術に興味を持つ人間だった。子どもの頃は時計を分解していた。社会人になると通信設備の仕事に携わった。その後はパソコンやプレゼン資料制作を学び続けた。だから、新しい技術が現れると、「これは何だろう」と自然に手を伸ばしたくなる。AIも、その一つだった。最初は半信半疑だった。本当に文章を書けるのだろうか。本当に人の役に立つのだろうか。
そんな気持ちで画面を開いたことを覚えている。最初に入力した短い文章。返ってきた答え。その速さに驚いた。しかし、もっと驚いたのは、その先だった。私は少しずつ、自分の人生について書き始めた。病気のこと。仕事のこと。家族のこと。介助のこと。そして、自分自身の思い。一つ書くたびに、頭の中が整理されていく感覚があった。これまで心の中だけにしまっていた出来事が、文章になる。
文章になることで、自分自身の経験を少し距離を置いて見つめられるようになった。私は気づいた。AIは、私の人生を代わりに生きてくれる存在ではない。人生を整理するための、新しい道具なのだと。この本も、その一つである。最初は、自分の記録として書き始めた。しかし書き進めるうちに、思いは少しずつ変わっていった。「同じように病気と向き合っている人の力になれないだろうか。」
第17章病気は、人生のすべてではない。統合失調感情障害とともに生きる
「統合失調感情障害とともに生きる」より抜粋
病名を聞いた日、私はその言葉の意味を十分に理解していなかった。「統合失調感情障害」。長く、聞き慣れない名前だった。病名を知れば安心できると思っていた。しかし実際には、病名が付いたことで新しい不安が始まった。「これからどうなるのだろう。」「もう以前のようには働けないのだろうか。」「家族に迷惑を掛けてしまうのではないか。」そんな思いが、頭の中を何度も巡った。
時間がたつにつれ、一つ気づいたことがある。私は病気になった。しかし、「病気そのもの」になったわけではない。私は私である。病気は人生の一部ではあるが、人生のすべてではない。この考え方にたどり着くまでには、長い時間がかかった。調子の良い日もあれば、思うように体が動かない日もある。気持ちが前向きな日もあれば、不安に押しつぶされそうになる日もある。
若い頃の私は、「元の自分に戻ること」が回復だと思っていた。しかし今は少し考え方が変わった。以前とまったく同じ自分には戻れない部分があるかもしれない。だからといって、人生が終わるわけではない。病気と付き合いながら、新しい生活を築いていく。それもまた、一つの回復なのだと思う。
抜粋はご提供原稿から掲載しています。
全50章の目次を見る
序章 なぜ、この本を書くのか
- 第1章 昭和四十九年十二月二十五日――クリスマスの日に生まれて
- 第2章 壊れた時計が教えてくれたこと
- 第3章 落ち着きのない小学生
- 第4章 将来を考え始めた少年
- 第5章 突然学校へ行けなくなった
- 第6章 夢見た社会人生活
- 第7章 会社倒産
- 第8章 技術者として生きる
- 第9章 突然の発病
- 第10章 診断、そして入院
- 第11章 もう一度、社会へ
- 第12章 パソコンとの再会
- 第13章 YIデザイン工房
- 第14章 理想と現実の狭間で
- 第15章 母の介助が教えてくれたこと
- 第16章 AIとの出会い
- 第17章 統合失調感情障害とともに生きる
- 第18章 家族へ伝えたいこと
- 第19章 記録が未来を支える
- 第20章 未来へ受け継ぎたいもの
- 第21章 生きた証を残すということ
- 第22章 明日へつなぐもの
- 第23章 あの日の私へ
- 第24章 私が最後まで大切にしたいもの
- 第25章 それでも私は、明日を信じたい
- 第26章 人生に「ありがとう」と言える日
- 第27章 私が人生で守り続けたい十の約束
- 第28章 私が歩いてきた道、そしてこれから歩く道
- 第29章 母と過ごした、ある一日
- 第30章 人生が静かに変わり始めた日
- 第31章 もう一度、前を向くと決めた日
- 第32章 記録が私を支えてくれた――「書き残す。」
- 第33章 私が遺したいもの――「何を遺したいですか。」
- 第34章 父から受け継いだもの
- 第35章 母の笑顔を見たくて
- 第36章 「病気」という言葉を受け入れられなかった日
- 第37章 もう一度、社会とつながりたい
- 第38章 新しい夢の始まり ― YIデザイン工房
- 第39章 学ぶことをやめなかった理由――「もう、この歳だから。」
- 第40章 人は言葉に支えられて生きている
- 第41章 通信設備技術者として歩んだ日々
- 第42章 本当に大切なもの
- 第43章 記録は、未来の自分への手紙
- 第44章 母と歩いた帰り道
- 第45章 思いどおりにならない人生
- 第46章 人を信じるということ
- 第47章 それでも、私は前を向く
- 第48章 希望は、静かに育っていく
- 第49章 人生は、何度でもやり直せる――「もう遅い。」
- 第50章 私の人生に、無駄な時間はなかった
終章 私が未来へ託したいもの
あとがき この本を書き終えて

母と過ごす日々から
その人らしい暮らしを、
一緒に守っていく。
「母の介助が教えてくれたこと」より
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